【宅地建物取引業法はどのような理由で作られたのか?】1. 法制定の経過

 

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もともと不動産売買、

貸借の周旋は

娼婦・売春婦等等の周旋と同じ扱いを受けるほど怪しい仕事と見られていました。

 

 

 

(1) 旧府県や警察によって取締規則が作られていた

 

我が国では、戦前、不動産業や仲介業を

規制する法律はありませんでした。

 

ただ、売買や貸借の取引相手を紹介する不動産仲介業は、

周旋業と呼ばれ、紹介営業でした。

 

一部の府県では風俗に関する営業の取締りと同様に

府県令及び警視庁令を定め、

不動産仲介業を営むには所轄の警察署長の許可が必要でした。

 

 

(2) 宅建業法の立法理由

 

昭和20年8月15日の敗戦後、

戦災によって住宅は約265万戸が失われ、

加えて海外からの引揚げ者等

の人口急増が原因で未曾有の住宅難となり住宅需要が高まりました。

 

後に建設省が発足し住宅建設が促進されましたが、

特に都市における住宅難は深刻でした。

 

都市や周辺地における宅地建物の需要増が

宅地建物の取引を盛んにして、

取引に介在して

仲立や仲介を業とする者が激増しましたが、

宅地建物の需給関係の逼追に乗じて

参入した不動産業者は、仲介取引が無資本で

報酬を得られることもあって、

概して資力に乏しく、

不動産取引の専門的知識や経験がほとんどなく、

さらに犯罪歴のある者までもが

仲介業を営むことも少なくありませんでした。

 

その結果、購入者等に対する手付金詐欺、

預り金横領やこれに類する不正行為も多く、

二重売買、登記・引渡し等の不当な履行遅延、

過大な報酬の要求、恐喝、

脱税等の不動産犯罪を行う悪質な不動産業者が後を絶たず

取引関係者が不測の損害を被る事態となりました。

 

しかし、当時は、

これらの業務を取り締る法律もなく野放しの状態でした。

 

このような事態に対して、

政府は売買業・仲介業に対する

営業規制の間題を取り上げ建設省住宅局において

不動産売買業等の実態調査を始めました。

 

戦前からの不動産業者等を中心に、

不動産取引をめぐる紛争の防止、

悪質な不動産業者の排除、

業界に対する社会的信用の回復、

不動産取引業の正常な育成等の目的をもって、

不動産取引業法立法促進連盟が結成され、

建設省や国会に対し、

仲介業者に対する登録制度、不動産取引上の

不正根絶を求める

不動産取引業法の立法促進の陳情、請願が行われました。

 

住宅の絶対数の増加と既存建物及び

遊休宅地の完全利用を図ることが

住宅対策の重要な一環でした。

 

宅地建物の売買、交換、貸借の円滑化は急務で、

宅地建物取引業を

営む者の中に誠実を欠く者が相当に存在し

宅地建物の正常な利用を阻害していました。

 

宅地建物取引業界に新たな秩序を与え、

宅地建物の需要者も供給者もともに安んじて

不動産の仲介を依頼しうる

堅実な業者の監督と業務の適正を期するための立法措置が必要でした。

 

著しい住宅難、宅地入手難から住宅対策の一環として

宅地建物の適正な利用を大いに促進する必要があり、

不動産取引業が健全かつ活発に

運営されることが望まれること、

不動産取引の知識や経験が乏しい購入者のために適正な取引を行うには

悪質な不動産業者を排除し不動産取引業に従事する者の

資質を確保し社会的信用を高める必要があること等から

不動産取引業に対して法的規制を加える必要がありました。

 

このような経過を踏まえて、宅建業法は議員提案により、

昭和27年6月10日に成立、公布され同年8月1日に施行されました。


同法が制定された昭和27年度末(昭和28年3月末)の登録業者数は、

1万5783でそのうち個人業者が90%を占めるなど

まさに不動産業者は零細業者が集まる業界でした。

 

*宅建業法制定前の業者数は推定約3万(東京約7200、大阪約2500等)
(昭和27年5月7日衆議院建設委員会議録第28号、全宅連不動産総合研究所・不動産業沿革史上151頁)

 

参考文献:国立国会図書館三訂版「逐条解説」宅地建物取引業法より

 

 

 

筆者:大脇和彦プロフィール

愛媛県松山市生まれ
マンションデベロッパー、会計事務所を歴して独立
不動産コンサルティングとエージェント業務が主体。近年は太陽光発電所開発運営も
趣味は、土地巡り・街巡り・山巡りを兼ねたドライブ(得意笑)、筋トレ(昔はオタク)
好きなこと言葉・・・積小為大、虚心坦懐